自社工場で一貫製作・設備紹介

新工場

新工場が完成しました。
シルク印刷、インクジェット印刷、それらの縫製を同社内一貫して制作をしております。
今まで以上に、お客様の要望に応えるべく、品質の向上と生産体制の充実に努めてまいります。

会議室

おかげさまでこの度、新工場が完成しました。今まで以上に、お客様の要望に応えるべく、品質の向上と生産体制の充実に努めてまいります。

布製POPの歴史・豆知識

布製POPの歴史

今から約40年前頃まで、布製の広告宣伝物、(いわゆる何かを告知したり、PRや、宣伝するためのツール)は今でも百貨店等で見られるような懸垂幕や横断幕が主流でした。のぼりといえば、芝居の公演時に使う興行のぼり(○○さん江と描いてあるのぼりのこと)が主流で、一部で『大売り出し』や『交通安全』などの告知に立てる程度のもので、現在のような使い方は少ない時代でした。
もともと『のぼり旗』は武士が家紋や名前を掲げるという、装飾物というよりは神社や寺院にみられる様に『名前を示すもの』として使うことが普通でした。

当社ではその当時、年に一回旗の業界の方たちを招いて展示会を主催していました。その場において、広告宣伝物としての旗、のぼりを前面に打ち出し、提案することにより業界全体の活性化に努めてまいりました。またそれまでののぼりに使う竿は、竹竿しかありませんでした。が、農業用資材でもあるスチール製でビニール皮膜の施してあるパイプを流用し、のぼり専用のポール製造にいち早く着手したのも当社でした。

それ以降、看板等の宣伝ツールの一つとして『のぼり』が定着していき、販売先は多岐にわたり旗製造の業界全体も急激に変化していきました。

今 やのぼりをはじめ、装飾物としての旗は静止している立て看板よりも風の力によって動きがあり、なびく様子は効果的な訴求効果を生み、軽量で手軽に移動が可能で、その場の雰囲気を変えてしまう程の存在感ゆえに『のぼり』は宣伝ツールとしてなくてはならないものになりました。

豆知識

日ノ丸

徳川幕府の老中、安部正弘は異国船と識別するために、我が国の総船印として白地に赤の日ノ丸の旗を用いるように各藩主に布告しました。これが『日本の国じるし』と対外的にさだめられた最初です。
1854(嘉永7年)7月11日のことでした。1870年(明治3年)1月27日、明治政府は、日の丸の旗を“御国旗”と定めると、大政官布告第57号を布告しましたが、厳密には日本船舶が掲げる国旗として定めただけで、単独での国旗として規定されていませんでした。
1999年(平成11年)8月13日に施行された『国旗・国歌法』で日の丸は正式に国旗と制定されました。寸法は、縦横の比7:10、日の丸直径と縦の比3:5、中心の丸は天地の中央で左右は長さの1/100だけ旗竿よりにします。

横断幕

道路を横断して張ったことから由来しています。
現在では、横方向に長い標語、標識、宣伝などに用いられています。

三角旗

軍艦旗、校章旗、スポーツ競技の優勝旗などによく用いられました。
また、観光地などの記念品として販売されているものは、ペナントと呼ばれています。

シルクスクリーン

本来は、スクリーン型の紗のことでしたが、現在では、その型を使った染法、印刷法のことを言います。
また、印染業界では顔料捺染のことを指します。

ちち

犬の乳首が行儀よく一列に並んでいることから、この名が付けられたとされています。

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